死んでもあなたを愛してます 1話

某刑務所の一室

 毎朝俺は知らない女性の夢を見る。それはきれいな女性でいつも俺に笑いかけてくるんだ。でも夢の最後で彼女は死んでしまう。目覚めると俺は涙を流している。

**********************************

「おっはよ~」

「おはよ~。達也(たつや)~」

「ん?春樹(はるき)今日元気ねーな。どうした?」

「それは決まってるだろ。今日は何の日だ?」

「今日?」

「入学式でしょ?新しい環境で馴染めるかが不安なんでしょ?春樹転校してきたときだって私たちが声かけるまで一人だったもんね」

「大丈夫だよ。俺らがいるだろ」

「そういう問題じゃねーだろ。同じクラスにならなきゃ意味ねーよ」

「なんでいつもあなたはそうなのよ!待ちに待った高校生よ?JKよ?新しい環境!楽しみで仕方ないわ!」

「俺らはDKだけどな。それとなこいつはなお前みたいにメンタルは強くないんだよ。まぁその話とは別としてだな、お前は中学校時代デビューに失敗している。だから高校は抑えめに行った方がいいぞ」

「わかってないわねー。それはアイツらがセンスがないのよ。次は成功して見せるわ!」

「もういいよ。勝手にしろよ。別にどうでもいいし」

「大丈夫よ笑子(わこ)~。失敗しても私がいるからね~。安心して挑戦してきてね!」

「詩織(しおり)それは性格悪くね?」

「いいの、いいの~。それに大分やる気よ?」

「あーアイツは単純だからな。まっ、とりあえず春樹は自信持てよ!なんかあったら俺らがついてるしな!」

2019年春。桜が舞う中登校している4人組は今日から高校の入学式らしい。今日を楽しみにしている者、少し緊張している者、何も考えていないもの、少し憂鬱な者いろんな人が入り乱れる。そんな中彼らは、外に張り出されているクラス分けの書いてあるボードに目を向けようとしている。

「おはよ~」

「あー院長遅かったね!」

「今日は少し忙しくてね」

みんながボードに注目しようとしたところでもう一人が合流した。「院長」はもちろんあだ名である。近くの町医者の子供なのだろうか。詳細はわからないが全員がそろったことろで再びボードに目を向ける。

「あった!2組!」

と詩織。それに続き達也も声を上げる。4組である。

そして

「あった。5組だ」

と春樹。そして次の瞬間絶望した。

「私5組!てか私と春樹同じクラスじゃん!宜しくね!」

と笑子。よりによって一番なりたくない人となってしまったと思っているかのように春樹は落胆する。

「よりによって最悪な組み合わせだな」

「だよな」

達也が小声で春樹の思いを言葉にしてくれた。

「院長は?」

春樹が最大の期待を込めて質問した。

「1組。」

院長の返事に言葉も出なかった。春樹はこの先が不安で仕方なかった。

「大丈夫よ!私がいるじゃない」

「だから不安なんだろ」

達也が春樹の気持ちを代弁してあげる。

と、そんなこんなで決まったものは仕方のないことで、みんなと別れ春樹と笑子が教室に向かう。もちろん教室まではみんな一緒のはずだが面白がっているのか3人は離れて春樹たちを見ている。

 4階建ての校舎の1階は行ってすぐに下駄箱があり、自分の位置を確認すると靴を下駄箱に入れたら持ってきた上履きに履き替える。そして一年生の教室は4階。4階まで登る足取りはかなり重い。一歩一歩進むごとに新しい環境が近づいていることへの不安で胸が張り裂けそうになる。笑子にそんな気持ちなどわかるはずもなくデリカシーのない発言をする。

「春樹楽しみね!もうすぐで教室よ!」

春樹はそんな笑子の言葉を無視する。しかし笑子は止まらず話し続けるが、春樹はこの時笑子と話をする余裕がなく、笑子と知り合いと思われないようにしようとすることに必死だった。

そして教室に入ると途端に

「みんなおはよう!荒井笑子です!よろしくお願いします!」

自己紹介を始めていた。もちろん春樹は知り合いと思われないように少し驚いた顔の演技をしながら静まり返った教室みんなの引いた視線が気になるが、‘俺にではない‘と自分に言い聞かせに入っていく。

「待ってよ~春樹」

俺の名前を呼ぶな!心の中でそう叫ぶ。自分の席を即座に確認し、寝たふりを決め込む。

「もうつれないな~」

少し寂しそうな笑子の声に少し罪悪感もあったが春樹はそれでも寝たふりを決めた。

「あの~」

春樹は肩をたたかれる。少し不機嫌に顔を上げると。ガタン!と音が響く。春樹が椅子から転がり落ちたのだ。決してバランスを崩したわけではない。

「あ!ごめんなさい。大丈夫ですか?」

隣には大きいクリっとした目に整った顔立ち。それをさらにロングヘア―が引き立てている。今後かかわることのないであろうほどの美人である。そんな彼女がこんな底辺の自分に何の用であろうか皆目見当もつかない。

「いえ、だ、大丈夫です!」

注目を浴びる中返事を返す。人見知りであまり目立つことを避けている彼も周りからの視線が気にならないほど目の前の彼女に釘付けになっていた。

「初めまして!私、磯村水咲(いそむらみさき)です。よろしくね!」

「俺は川口春樹(かわぐちはるき)。よろしく」

「実は私最近宮崎から引っ越してきたんです。なので千葉県には高校からでここら辺のことは何もわからないんです。知り合いもいなくて...」

「そうなんだ。実はそれも中学校の時転校してきたんだよね。俺人見知りだからさ、大変だったよ~」

水咲と春樹は会話を始める。転校の話や何の部活に入るかなど話題は色々。彼女はコミュニケ―ション能力がかなり高かった。それは人見知りな春樹に‘俺実は初対面の人とも話せるんじゃね?‘と思いこませるほどに。無論勘違いしないでほしいが春樹は人見知りなだけでコミュ障ではない。話を振ってもらったり多少仲良くなれば話が弾むポテンシャルは持ち合わせている。もちろんコミュニケーション能力が特段高いわけではないが。春樹が会話に夢中になっていると一人の男性がドアを開けて入ってきた。

「みんなおはよう!」

ホームルームが始まる。もうそんな時間かと春樹は少し落ち込みつつ先生の顔を見る。若く顔立ちの整っている男の先生。その容姿は20代後半か。服装はジャージで声には活気がある。たぶん体育教師だろう。そう思いながら自己紹介の続きを聞いていく。

「私の名前は一番ケ瀬慶一郎(いちばんがせけいいちろう)です。名前が長いからみんなからは‘がせ‘とか‘けいちゃん‘と呼ばれてます。適当にみんなも適当に呼んでね。あ、ちなみに一郎だけど次男です。好きなことは体を動かすこと。教科担当は体育です。教師2年目で初めてクラスを受け持つことになるからいろいろ間違えることあると思うけどみんな宜しくね!」

それなりにユーモアもあって元気で慶一郎先生はいい人そうな人だなと春樹は思った。「この先生は当たりだな。」

水咲に話しかける。

「ね!いい人そうだね!」

そう話していると慶一郎先生は続ける。

「まず最初に自己紹介を始めようと思うんだけど、普通にやったらつまらないから自己紹介の後に最近会った面白い話を話してもらいます。では最初は荒井笑子さん!」

この時、‘この先生は外れだ‘と春樹は思った。

その後の自己紹介。トップバッターの笑子。

「初めまして。荒井笑子です。よろしくお願いします。好きなことは楽しいことで将来はお笑い芸人を目指しています。一発ギャグやります!コネマンティス、コネマンティス、トランティス!」

・・・

訳の分からないことを叫び髪を大幅に揺らし変顔をする。生徒たちは沈黙する。正直ちょっと面白かった。でもここで笑ったら負けだと思った時

「ふふっ」

と笑い声が隣から聞こえた気がしたがそこはあえてスルーした。きっとここにいる生徒はみんなこいつとは関わらない様にしようと心に決めたのだろう。そう思っていると

「ありがとうござました。」

と笑子。何事もなかったように平然と自分の席に座る姿にさすがのメンタルだなと感心していると笑子の黒歴史とも言える自己紹介の後次の生徒の自己紹介は予想通り平凡で面白くはないが無難な話で終わった。そして次は

「初めまして。磯村水咲です。」

生徒たち、特に男子生徒たちがざわつく。春樹は焦りを覚えた。彼女の可愛さにが全員にバレテしまうと。水咲は続ける。

「好きなものはハンバーグで嫌いなものは虫です。最近あったことは引っ越しです。私実は長崎から引っ越してきたんです・・・」

とまぁ引っ越しの話を少し挟んだところで自己紹介終了。それから自己紹介はアットホームな雰囲気で無難に終了した。そうなったのはおそらく笑子のお陰でありそこは笑子に感謝したい。無論先ほどの教室に入って一番の挨拶を許すことはできないが。

軽く自己紹介を終えると、次は入学式だ。この学校は少し変わっていて入学式の前に少しクラスに馴染んでから入学式を執り行うという親切な学校で少し珍しい。しかしその親切もこの担任の所為で微妙な空気が流れているのも事実。無難に終わったとはいえ即興で面白う話を言える人が一高校生としてそんなにいつはずもなく終始クラスは静まり返っていたのだから。この時ばかりはこの学校の親切心を少し恨んだ。

入学式の席では水咲と離れてしまい、そのことにすこし残念に思うも入学式を無難におえ、帰りのホームルームを終え帰宅となった。高校一日目だからか早く終了し、日時は午前の11時。みんなと校舎の前で待ち合わせをして下校する予定だ。

「また明日!」

「うんまた明日!」

「水咲~」

笑子が水咲に話しかけている。入学式で仲良くなったのだろうか。笑子が話しているせいで水咲に話したい人がなかなか話せない状況は‘笑子ナイス‘と思ったが、‘水咲さん‘に余計なことを話すのではないかという不安にも駆られて複雑な心境であった。もちろん言い出すことはできず教室を後にし校舎前でみんなを待っている。

「じゃ、またな~」

はえーな達也、もうあんなに友達出来たのかよ」

「そりゃな。俺のコミュ力舐めんなよ」

「そりゃそうだわな」

「おまたせ~」

「詩織と院長も来たか」

「あとは笑子だけか。春樹同じクラスだろ?なんか知らねーの?」

「知らねーよ。あ、でも俺と隣の女子と話してたわ」

「ははっ。え?マジ?まさか成功したの?」

嘲笑交じりに達也が驚く。

「そんなわけないじゃん。大失敗だよ。」

その春樹の返しに「だよな」とみんなが納得する。

すると笑子が一人の女性を連れてやってきた。

「おまたせ~」

みんなが驚きながら連れているとなりの可憐な女の子に視線を動かす。ここで一番驚いたのは春樹だろう。

「初めまして。磯村水咲です。よろしくお願いします。」

「笑子お前。友達出来たの?」

「ふふっまぁね!この子も春樹と同じようにこっちに引っ越してきたんだって!仲良くしてねあげてね!」

この時春樹は笑子に畏敬の念を抱きながら、心の中で‘ありがとう‘と感謝の言葉を口にした。

「いやぁ~でも変わり者もいるんだな。よろしくな。俺は山本達也(やまもとたつや)」

「私は神崎詩織(かんざきしおり)」

「俺は宍戸海斗(ししどかいと)だ。医者の息子でみんなからは院長と呼ばれてる。磯村さんも院長と呼んでくれ。」

「みんなよろしくね」

可愛く微笑む水咲さん。春樹が見惚れていると笑子が

「春樹よかったね!気になってたでしょ?」

「ん?何言ってるのかな?」

いきなりの爆弾発言。今までの感謝は前言撤回。こいつは一生許さないと心に誓った。

「じゃあ帰ろっか!」

聞こえていなかったのか話を切り上げてくれたのか詩織が指揮を執り、みんなでたわいもない話をして帰宅した。

とまぁそんなこんなで楽しい高校生ライフが始まろうとしていた。春樹も最初はどうなることかと思ったがこれはこれでいい感じだろうと思い一日の終わりに安堵し、気が付いたら明日の学校が楽しみになっていた。

**********************************

 蝉がないている真夏の暑い中汗だくで春樹は目覚める。いつも通りの悪夢を見て目が覚める。彼女の‘水咲‘が殺される夢。少年は目が覚めるといつも泣いている。今日は2021年8月10日。彼女の水咲が殺されてからもう1週間が経つ。

次回に続く